ケン坊デビューの長くて短い夜 -出産当日の事-
忘れないうちに、書き留めておこう。
「月を見よう」なんて悠長な事を書いていた平成19年9月25日。中秋の名月の日。
夕飯を外で食べて帰ったので、作っておいたさつまいもきなこ団子にフォークをブッさしベランダから見える月を眺めつつ、お腹に向かって「いつ産まれてもいいよ〜」と話しかけたりしてました。
時計の針が12時を回り、日づけが26日になった深夜1時頃。
はっきりとした「おしるし」が!卵の白身っぽいのに血がまじってる!強めの生理痛みたいな痛みが20分おきくらいに襲ってくる。
2時頃。“痛みが10分間隔になったら産院に電話するように”って言われていたのに、13分間隔くらいで痛いし落ち着かず、我慢できずに電話。やっぱり“10分間隔になったらまた電話してください”と言われてしまう。
ならばこの隙に、と、シャワーを浴びて着替えをして、最後かもしれないとおっきいお腹の写真なんか撮ったりw
3時頃。痛みがどんどん大きくなってきて、いつの間にか痛みが10分〜13分間隔に。
4時頃。産院に電話して、産院に向かう。産院は家から車で2分の場所なので、痛みと痛みの間に移動が完了。
5時頃。実はその日、10時から打ち合わせの予定が入っていたけど、私の参加は無理なので他のスタッフに引き継ぐ為に相方は一旦帰宅。相方がスタッフの家に資料やデータを届けに行く。(朝方起こしてゴメンナサイ)
一人待機室に残った私は病衣に着替え、痛みに耐えながら実家の両親に電話で入院を告げたり、朦朧としながら臍帯血の書類にサインしたり。途中気分が悪くなって2回も吐いちゃったよー。夕飯に刺身食べてたから、もう臭いが××
6時頃。相方が戻って来て、腰をさすってくれたり一緒に呼吸のリズムをとってくれたり。
痛みが強くなってきたのでナースコール。子宮口が6cmになってるのに破水してないので助産婦さんが破水させる。お漏らししてしまったような、あの破水の何とも言えない力の抜ける感覚は忘れられないわ。
7時頃。何か大きなものが産まれてくる感覚が!?すぐに隣の分娩室に歩いて移動。歩くの!?と思ったけど、早く終わってほしくて痛いのに意外と速く移動する私。今までいきまないで息はくだけって言われてたのに、台に乗ってからはいきめいきめと励まされる。
「もう頭見えてますよ。触ってみます?」なんて言われたけど、恐ろしくてそんな事できまへん。
産まれる直前に相方が分娩室に。相方に手を握ってもらいながら、最後のいきみ。もう少し、もう少し。
---午前7時53分。一瞬の静寂の後、ふんぎゃーという声。
ずっと目をつぶっていた私は、泣き声を聞いた瞬間、相方と顔を見合わせました。
相方、泣きそうな顔をしていました。多分、私も。
へその緒カットは相方も私もご遠慮させていただきました。正直グロいです。
産まれてすぐの赤ん坊を抱かせてくれたのですが、「ほんとに赤いんですねー」なんてアホなコメントをしてしまいました。
鼻からスイカ出すくらい痛いとか聞いてましたが、鼻からピーナツすら出した事ないので痛みの程は分かりません。
今となっては「痛かった」という事は覚えてるんですが、どれくらい痛かったかというと忘れてしまいました。
出産の痛みより、産んだ直後の裂けた会陰の処置で縫われてる痛みの方が断然痛かったです!
麻酔もしてたみたいでしたが、効いてないんじゃないの!?ってくらいに。
(出産中、会陰が裂けてたなんて全く気がつかなった)
陣痛が10分間隔になってから出産まで約4時間強。
初産の平均分娩時間は14時間と聞いていたので、かなりのスピード出産でした。
うちの両親は出産に間に合いませんでしたw
両親もまさかこんなに安産だとは思わなかったのでしょう。
電話連絡したのは5時過ぎだったのですが、7時半頃に家を出たみたいです。
その日に限っていつもとは違う道を通って迷ってしまい、産院に到着したのは出産の2時間後w
Comments
この日記ものすごいリアリティ伝わってきますね。
「おしるし」とかあるんだ〜と勉強にもなりました。
ご無事な出産で本当に良かったです。
あの日twwiterにたくさんの人から頑張れやおめでとうの言葉を頂いたみたいですね。
さすがにtwwiterやる余裕はなかったですw
もうちょっと大きくなったらケン坊と遊んでくださいね〜〜。
一緒に遊んでくれるお姉さん(ココ強調)として認識されたいですw